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東京地方裁判所 平成9年(ワ)23704号 判決 1999年6月29日

甲事件原告・乙事件被告補助参加人

株式会社三和銀行

右代表者代表取締役

枝実

右訴訟代理人弁護士

小沢征行

宮本正行

上野和哉

甲事件被告・乙事件原告

弘福寺

右代表者代表役員

奥田雅博

右訴訟代理人弁護士

布留川輝夫

乙事件被告

さわ商事株式会社

右代表者代表取締役

羽沢斉

(以下においては、甲事件・乙事件を通じ、甲事件原告・乙事件被告補助参加人株式会社三和銀行を「原告」と、甲事件被告・乙事件原告弘福寺を「被告弘福寺」と、乙事件被告さわ商事株式会社を「被告さわ商事」という)

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  被告さわ商事は、被告弘福寺に対し、別紙物件目録二記載の建物を収去して、別紙物件目録一記載の土地を明け渡し、かつ、平成九年七月一日から右明渡済みまで一か月金一八万七七〇〇円の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、甲事件については原告の、乙事件については被告さわ商事及び原告の各負担とする。

四  この判決は二項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  甲事件

被告さわ商事と被告弘福寺との間において、被告さわ商事が別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という)につき別紙賃借権目録記載の賃借権を有することを確認する。

二  乙事件

主文二項と同旨

第二  事案の概要

本件は、債務者である被告さわ商事の借地上の建物に根抵当権を有する債権者である原告が、同被告に代位して、地主である被告弘福寺に対し、借地権が継続していることの確認を求めた(甲事件)のに対し、同被告が被告さわ商事に対し賃料不払を理由に借地契約を解除したとして、右建物の収去と土地の明渡し等を求めた(乙事件)ものである。

一  甲事件

1  請求原因

(一)(1) 被告弘福寺は、昭和六三年一二月一二日被告さわ商事との間で本件土地について次の内容の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という)を締結し、そのころ右土地を同被告に引き渡した。

目的 堅固建物の所有

期間 昭和六四年一月九日から六〇年間

賃料 月額九万三八〇〇円(毎月末日に翌月分を前払)

(2) 被告弘福寺と同さわ商事は、遅くとも平成九年七月には本件賃貸借契約の賃料を月額二二万九三五〇円に増額することを合意した。

(二) 被告さわ商事は本件土地上に別紙物件目録二記載の建物(以下「本件建物」という)を所有している。

(三) 原告は被告さわ商事に対し、別紙債権目録記載の債権を有している。

(四) 被告さわ商事は原告を含む債権者らに対して自己の全債務を完済するに足りる資産を有していない。

(五) 被告弘福寺は同さわ商事に対し、本件賃貸借契約は解除により終了したと主張している。

(六) よって、原告は被告さわ商事に代位して、本件土地につき被告さわ商事が同弘福寺に対し別紙賃借権目録記載の賃借権を有することの確認を求める。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)(1)の事実は認める。

同(2)の事実は否認する。増額された本件賃貸借契約の賃料は月額一八万七七〇〇円である。

(二) 請求原因(二)の事実は認める。

(三) 請求原因(三)及び(四)の各事実は知らない。

3  抗弁(本件賃貸借契約の債務不履行解除)

(一)(1) 被告弘福寺と同さわ商事は、本件賃貸借契約を締結するに際し、賃借人が賃料の支払義務を三か月分以上怠った場合には、右契約を無催告で解除できる旨の合意をした(本件賃貸借契約第七条の文言は右のように解すべきものである。以下「本件解除条項」という)。

(2) 仮に右無催告解除特約が存しないとしても、賃借人の被告さわ商事は、平成九年八月の時点において経済的に破綻し、賃料の支払ができない状態になり、平成九年八月二一日ころ被告弘福寺に対し今後賃料を支払う意思が全くないことを明らかにし、本件賃貸借契約を解除されてもやむなしとの意向を伝えて本件建物の管理を放棄しているものであって、両者間の信頼関係は破壊されている。このような場合、同被告には無催告解除権行使を認めるのが合理的である。

(二) 被告さわ商事は、平成九年八月三一日が経過した後も被告弘福寺に対し、本件賃貸借契約に基づく同年七月、八月及び九月分の賃料を全く支払わなかった。

(三) 被告弘福寺は平成九年九月三日被告さわ商事に対し、本件解除条項に基づき本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした(以下「本件解除」という)。

4  抗弁に対する認否及び反論

(一) 抗弁(一)(1)の事実は否認する。

(1) 本件解除条項は無催告解除特約を定めたものではなく、他に被告弘福寺と同さわ商事が無催告解除特約の合意をしたことはない。

すなわち、無催告解除特約においては「催告を要せず」「何らの催告をすることなく」等の典型的文言が使用されるのが通常であるところ、本件解除条項には「左の場合には本契約を解除することが出来る」と記載されているのみで右各典型文言は使用されていない。

したがって本件解除は相当期間を定めた催告(民法五四一条)を欠いているから、無効である。

(2) また本件解除条項は、賃借人が賃料の支払を三か月分以上怠った場合に解除できる旨定めたものでもないし、被告弘福寺と同さわ商事がその旨合意をしたこともない。

すなわち、本件解除条項には賃借人が「賃料の支払いを三ヶ月以上怠った時」には解除できる旨記載されているところ(以下「本件解除原因」という)、右文言の意味するところは「賃料不払の日から三か月の期間が経過したとき」に解除できるということである。

被告弘福寺は、同さわ商事が初めて賃料(七月分)を滞納した平成九年六月三〇日から約二か月しか経過していない同年九月三日に解除の意思表示をしているから、本件解除は本件解除原因を満たしていない無効なものである。

(二) 抗弁(一)(2)の事実は否認ないし争う。

(三) 抗弁(二)及び(三)の各事実は認める。

5  再抗弁(信頼関係を破壊するに至らない特段の事情)

本件賃貸借契約においては、以下のとおり当事者間の信頼関係を破壊するに至らない特段の事情があるから、本件解除は許されない。

(一) 原告は平成二年一二月一四日被告さわ商事との間で、本件建物について極度額を一四億円、債権の範囲を銀行取引等、債務者を同被告とする根抵当権設定契約を締結し、同日右根抵当権設定登記を了した。

被告弘福寺は同日原告に対し、賃料の延滞又はその他の理由により本件賃貸借契約を解除しようとする場合には、あらかじめその旨原告に対し通知することを了承し、その旨記載した書面(被告弘福寺作成名義の平成二年一二月一四日付け「(根)抵当権設定承諾書」と題する書面。以下「本件承諾書」という)を差し入れた。

本件承諾書は、本件賃貸借契約が解除されると、借地上に存在する本件建物の根抵当権者である原告に重大な損害が生じることになるので賃貸人である被告弘福寺に事前の通知義務(以下「本件事前通知義務」ということがある)を課したものであり、右承諾書を差し入れた以上、同被告には根抵当権者の利益を保護するため積極的に賃借権の保存に協力すべき法的義務が生じる。

(二) 被告さわ商事は原告からの借入金を返済するため、平成九年三月ころから本件建物の任意売却交渉等を開始したが、最終的な売買契約を締結するには至らなかった。そこで原告は、同被告に対する貸金を回収するため、同年八月ころ本件建物について競売を申し立てることとした。

また、原告は平成九年八月ころには被告さわ商事が本件土地の賃料を滞納していることを知っていたため、同月一四日に被告弘福寺の副住職奥田雅博(以下「奥田副住職」という)に対し、同月二五日及び同年九月一日には被告弘福寺代理人弁護士布留川輝夫(以下「被告弘福寺代理人」という)に対し、それぞれ本件建物について原告が競売申立ての手続を進めていること及び本件土地の未払賃料については代払をする意思があることを伝えた。

被告弘福寺代理人は、同年九月一日原告担当者の右説明を受けて「承知した」と回答した。

(三) 被告弘福寺は右経緯にもかかわらず、原告に対して何らの通知をしないまま、平成九年九月三日本件賃貸借契約を解除した。

(四) 原告は東京地方裁判所において、平成九年八月二八日本件建物についての不動産競売開始決定を、同年九月九日本件土地の賃料についての代払許可決定をそれぞれ受け、そのころ被告弘福寺に対し同年七月分以降の本件土地の賃料の代位弁済を申し出たが、受領を拒絶された。

(五) 原告は、東京法務局に本件土地の平成九年七月分から現在までの賃料相当額を供託している。

(六) 以上のように、被告弘福寺は原告に対し本件事前通知義務を負っているにもかかわらず本件賃貸借契約を解除する際に右通知をせず、また原告が被告さわ商事に代位して賃料を支払う意思があることを繰り返し伝えているにもかかわらず賃料弁済に関する交渉なども一切行わなかった。原告は、通知さえ受ければ賃料の代位弁済を実行したものであり、右の事情に加えて被告さわ商事の賃料債務の遅滞は今回が初めてであること、被告弘福寺は平成九年九月以降いつでも滞納賃料を受領できる状況にあったことからすれば、本件賃貸借契約には当事者間の信頼関係を破壊するに至らない特段の事情があるというべきであり、本件解除は許されない。被告弘福寺は当初より本件賃貸借契約を解除して本件土地を有効活用することを企図し、被告さわ商事の賃料支払債務の遅滞が三回目となるのを待って直ちに本件解除に及んだものであり、無効である。

6  再抗弁に対する認否及び反論

(一)(1) 再抗弁(一)の事実のうち、被告弘福寺が平成二年一二月一四日ころ原告に対し本件承諾書を差し入れたことは認めるが、右承諾書により被告弘福寺に原告主張の各義務が生じることは争う。その余の事実は知らない。

(2) 再抗弁(二)の事実のうち、原告主張の日時ころ、原告から奥田副住職及び被告弘福寺代理人に対し電話があったことは認めるが、その際原告が本件建物について競売申立ての手続を進めていること及び本件土地の未払賃料については代払をする意思があることを伝え、被告弘福寺代理人がこれを承知したことは否認する。その余の事実は知らない。

(3) 再抗弁(三)の事実は認める。

(4) 再抗弁(四)の事実のうち、被告弘福寺が本件解除後原告から滞納賃料の提供を受けたことは認めるが、その余の事実は知らない。

被告弘福寺は、本件解除後の平成九年九月一八日に原告側担当者と会った際、同人から初めて本件建物について競売開始決定及び代払許可決定がされたことを聞かされたものである。

(5) 再抗弁(五)の事実は知らない。

(二) 原告は、本件承諾書を差し入れたことにより被告弘福寺には根抵当権者たる原告の利益を保護するため積極的に賃借権の保存に協力すべき法的義務が生じると主張するが、本件承諾書の交付によって直ちに被告弘福寺は原告に対し事前通知をする法的義務を負うものではないし、原告に代払の機会を与える義務を負うこともない。

仮に本件承諾書によって被告弘福寺に何らかの義務が生じるとしても、原告は本件賃貸借契約の当事者ではないのであるから、本件承諾書の内容は被告弘福寺が本件賃貸借契約を解除することとは関係がないものであり、右承諾書によって被告弘福寺の解除権が制限されることはない。

また仮に本件承諾書によって被告弘福寺に事前通知義務が生じるとしても、原告は当時被告さわ商事が賃料を滞納していることを十分に承知していたのであるから、被告弘福寺には原告に対し被告さわ商事の賃料不払の事実を改めて通知する義務はない。

(三) 被告弘福寺代理人は平成九年八月二一日、被告さわ商事の代表者羽沢斉(以下「羽沢」という)から、当時同被告及び同被告の親会社である羽沢建設株式会社(以下「羽沢建設」という)の資力が全くないこと及び今後の賃料の支払は不可能である旨説明された。そこで被告弘福寺は、被告さわ商事による三か月分の賃料不払の事実を確認した上、本件解除の意思表示をしたものである。本件解除について被告さわ商事は一切異論を唱えていないのである。このように、同被告は賃借人としての基本的義務である賃料支払義務を放棄していたのであるから、本件賃貸借契約における当事者間の信頼関係が破壊されていたことは明らかである。

二  乙事件

1  請求原因

(一)(1) 甲事件1(一)(1)(本件賃貸借契約の締結)と同じ。

(2) 被告弘福寺と同さわ商事は、遅くとも平成九年七月には本件賃貸借契約の賃料を月額一八万七七〇〇円に増額することを合意した。

(二) 甲事件1(二)(本件建物の被告さわ商事所有)と同じ。

(三)(1) 甲事件3(一)(1)(無催告解除特約)と同じ。

(2) 甲事件3(一)(2)(無催告解除が許される特段の事情)と同じ。

(四) 甲事件3(二)(被告さわ商事の賃料不払の事実)と同じ。

(五) 甲事件3(三)(本件解除の意思表示)と同じ。

(六) よって、被告弘福寺は同さわ商事に対し、本件賃貸借契約の終了に基づき本件建物を収去して本件土地の明渡しを求めるとともに、平成九年七月一日から同年九月三日(契約解除の日)まで一か月一八万七七〇〇円の割合による未払賃料及び同月四日から明渡済みまで右同額の割合による賃料相当損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する原告の認否及び反論

(一) 請求原因(一)(1)の事実は認め、同(2)の事実は否認する。

(二) 請求原因(二)の事実は認める。

(三) 請求原因(三)(1)の事実は否認する。同(2)の事実は否認ないし争う。

その余の主張は甲事件4(一)(1)及び(2)と同じ。

(四) 請求原因(四)及び(五)の各事実は認める。

3  原告の抗弁(信頼関係を破壊するに至らない特段の事情)

甲事件5と同じ。

4  抗弁に対する認否及び反論

甲事件6と同じ。

第三  当裁判所の判断

一  甲事件

1  請求原因

(一)(1) 請求原因(一)(1)(本件賃貸借契約の締結)については当事者間に争いがない。

(2) 弁論の全趣旨によれば、本件賃貸借契約の賃料は遅くとも平成九年七月には月額一八万七七〇〇円に増額されていた(請求原因(一)(2))と認められる。

(二) 請求原因(二)(本件建物の被告さわ商事所有)については当事者間に争いがない。

(三) 弁論の全趣旨によれば請求原因(三)(原告の被告さわ商事に対する債権)を認めることができる。

(四) 証拠(甲三、乙三、丙一)及び弁論の全趣旨によれば請求原因(四)(被告さわ商事の無資力)を認めることができる。

2  抗弁(本件賃貸借契約の債務不履行解除)

(一) 無催告解除特約(抗弁(一)(1))について

(1) 被告弘福寺は、本件賃貸借契約第七条(本件解除条項)は賃借人が賃料の支払義務を三か月分以上怠った場合には無催告で解除できる旨定めた条項であると主張するところ、原告はこの解釈を争うので、以下検討する。

(2) 本件賃貸借契約の契約書(甲二)によれば、その第七条(本件解除条項)には「左の場合には甲(貸主)は本契約を解除することが出来る。この解除があった時は異議なく明渡を実行せねばならない」との文言に続いて、「賃料の支払いを三ケ月以上怠った時、或は乙(借主)が他の債務のため強制執行、執行保全処分をうけ、又は乙に対し破産和議、競売の申立があったとき」、「土地の全部又は一部が公共事業のため買収又は使用されるとき」「その他本契約に違背したとき」との解除事由が列挙されているところ、右解除事由のうち相当部分は本件賃貸借契約の継続を事実上又は法律上不能又は困難にさせるものであり、賃借人自身の行為ないし意思によりその原因の解消を図ることが不可能又は困難な性質のものであって、これらの場合賃貸人から賃借人に対し催告をすることの意義が乏しいものと認められるから、本件解除条項は催告を要しないでも解除権の行使を容認する規定を設けたものと解するのが相当である。また、視点を変えてみると、本来賃貸借契約における賃貸人は賃借人が一回でも契約上の債務を怠ったときには直ちに履行の催告をした上解除権を行使することが容認できる場合もあるのであり、本件における賃貸人である被告弘福寺が右のような解除権行使を自ら制限し、被告さわ商事が「賃料の支払いを三ヶ月以上怠った時」に限ってあえて催告の上解除することができるとの趣旨で右条項を取り交わしたものとは認めることができず、右のような趣旨の規定と解釈するのは無理がある。むしろ、右規定が殊更に設けられたのは、右事由が生じたときには賃貸人による解除権行使のための手続的要件を緩和し、賃貸人は催告なくして直ちに解除することができるものとし、その事由を具体的に明記したものと解釈するのが自然かつ合理的というべきである。

右のとおりであり、本件解除条項は、列挙された解除事由がある場合には賃貸人が催告を要せずに解除権を行使できる旨を定めた規定であると解するのが相当である。

なお、原告は、本件解除条項に「催告を要せず」「何らの催告をすることなく」等の文言が用いられていないことを根拠として右条項が無催告解除特約を定めたものであることを否定するが、無催告解除特約を定める場合に常に原告主張の各文言を使用しなければならないものではないから、原告の主張は採用できない。

(3) また、本件解除条項には解除事由の一つとして「賃料の支払いを三ケ月以上怠った時」(本件解除原因)と定められているが、その趣旨は被告弘福寺の主張するとおり滞納賃料額が三か月分に達したときをいうものと解するのが合理的であるというべきである。

すなわち、右解除事由はその文言の形式からすると、賃借人が(ア)「賃料の支払を怠った時点から三か月が経過したとき」、(イ)「賃料の支払を三か月分以上怠ったとき」、(ウ)「賃料の支払が全くない状態が三か月間以上継続したとき」のいずれかであると解釈することが可能といえようが、(ア)の事由については、一か月分の滞納状態が三か月以上続いたような場合、無催告解除を容認し得る程度に賃貸人と賃借人間の信頼関係の破壊を生ぜしめるものといえるか疑問が残るし、(ウ)の事由によれば、例えば賃借人が二か月ごとに一か月分の賃料を支払う状況が続くような場合、滞納額が累積していかに高額になったとしても、完全な未払状態が三か月間続いていないため、賃借人は無催告解除ができないという不当な結論に至らざるを得ない上、右(ア)及び(ウ)の解釈によれば賃借人が賃料の支払を三か月分滞納した後も、賃貸人は更に一か月の経過を待った後でなければ無催告での解除はできないという不合理な結果を招くことになるのであり、本件解除条項がかかる事態を想定するものとは到底解されない。これに対し、賃借人の賃料不払額が三か月分に達したとき((イ))には、そのこと自体によって賃貸借契約の当事者間の信頼関係破壊が明らかな場合と認められ、無催告解除を認めても不当ではないものと解される。

この点に関する原告の主張は採用できない。

(4) 以上によれば、被告弘福寺と被告さわ商事は本件解除条項において、被告さわ商事が賃料の支払を三か月分以上遅滞した場合には無催告で解除できる旨合意したもの(抗弁(一)(1))と認められる。

(二) 抗弁(二)(被告さわ商事の三か月分の賃料不払の事実)及び同(三)(本件解除の意思表示)については当事者間に争いがない。

(三) したがって、被告弘福寺の抗弁(本件賃貸借契約の債務不履行解除)を認めることができる。

3  再抗弁(信頼関係を破壊するに至らない特段の事情)について

(一) 証拠(甲一ないし三、乙一の1・2、三、四、丙一)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 原告は平成二年一二月一四日被告さわ商事との間で、本件建物について極度額を一四億円、債権の範囲を銀行取引等、債務者を同被告とする根抵当権設定契約を締結し、同日右根抵当権設定登記を了した。

奥田副住職はそのころ被告さわ商事の申入れに応じて、原告が本件建物につき根抵当権を設定することを承諾する旨の書面(本件承諾書)を自ら作成し、これを原告に差し入れた。

本件承諾書は、「(根)抵当権設定承諾書」との題名の下に、被告弘福寺の住所、代表役員の各記載がされ、その名下に代表者印が押捺された平成二年一二月一四日付けの書面であり、本件賃貸借契約の内容の表示に続いて、原告が本件建物に根抵当権を設定するに当たり被告弘福寺(地主)が承諾する事項が限定的に列挙されている。右地主の承諾事項の1として、将来根抵当権の実行ないし本件建物の任意処分により第三者が本件建物の所有権を取得した場合にはその者に引き続き本件土地を貸与すること、その2として、当該根抵当権存続中に、本件土地の賃料の延滞又はその他の理由により本件賃貸借契約を解除しようとする場合にはあらかじめ根抵当権者(原告)に通知すること、そしてその3として、賃貸借契約期間満了の場合は賃借人による契約違反がない限り継続して本件土地を貸与することが記載されている。

なお、原告は被告弘福寺から前記根抵当権設定の承諾を得るに際し、承諾料等何らの対価も支払ってはいないし、また、被告さわ商事の賃料支払債務の履行状況を掌握するための手立ても格別講じてはいない。

(2) 被告さわ商事は、本件建物において割烹料理店を経営していたが、経営不振のため平成六年夏ころには右建物における営業を停止し、原告からの借入債務の返済などのため、本件建物の売却先を探すようになった。

平成九年三月初めころ、本件建物を買い受けたいという者が現れたため、被告さわ商事は同年五月ころ被告弘福寺に対して本件土地の借地権を第三者に譲渡することを承諾するよう申し入れ、同被告はこれを了承した。右買受人との間の売買契約の締結は当初平成九年七月一六日に予定されていたが、買受人側の事情などにより右契約日には締結に至らなかった。

(3) 平成九年七月一八日ころ、被告さわ商事の親会社である羽沢建設が東京地方裁判所において破産の申立てをした。

被告弘福寺代理人は羽沢建設が破産申立てをした旨の報道を見て、羽沢に対し被告さわ商事は今後本件建物をどうする予定であるのか、任意売却の話はどうなったのかを問い合わせようとしたが、連絡がつかなかったため、平成九年八月四日羽沢から被告さわ商事の担当者であると聞いていた原告堀留支店融資課主任谷川健介(以下「谷川」という)に対し羽沢との連絡が取れるかどうかを問い合わせた。その際、被告弘福寺代理人は谷川に対し、羽沢建設が倒産したため、同被告側としてはこのまま羽沢と連絡が取れないようであれば連絡先不明を理由として本件賃貸借契約を解除することも考えている旨申し伝えた。

なお被告さわ商事は平成九年六月六日ころに本件土地の同月分賃料を支払ったものの、その後同年七月分(弁済期限同年六月三〇日)及び八月分(弁済期限同年七月三一日)の賃料を支払わず、同年八月当時二か月分の賃料を滞納していた。

一方原告は、本件建物の売却代金から被告さわ商事に対する貸金を回収する予定であったところ、任意売却の話が進展しないので、本件建物について不動産競売を申し立てることとした。原告は、当時被告さわ商事が本件土地の八月分の賃料(弁済期限七月三一日)を支払っていないことは知っていたが、七月分の賃料は弁済済みであると軽信していたなどから、被告弘福寺に対し直ちに弁済の提供をする等の措置を採ることをしなかった。

谷川は、平成九年八月一四日被告弘福寺代理人と連絡を取ろうとしたが同代理人が夏期休暇中で不在にしていたため、同日奥田副住職に対して電話をした。奥田副住職は谷川に対し、本件については被告弘福寺代理人に一切を委ねているので、右代理人との間で話し合って欲しい旨返答した。

(4) 被告弘福寺代理人は平成九年八月二二日羽沢と面会し、同人から、さわ商事及び親会社である羽沢建設のいずれにも今後本件土地の賃料の支払を継続する資力がないこと及び本件建物の任意売却の話も結局打ち切ったことを聞いた。被告弘福寺代理人は羽沢に対し、被告弘福寺としては本件建物をマンションに転用するなどの活用方法を検討中である、したがって本件賃貸借契約については地代の未払を理由として解除することとし、その旨を今後改めて文書で通知すると告げたが、羽沢はこれに対し何ら異議を申し立てることはなく、同代理人に対し原告が代位して弁済をする予定であるので解除を待って欲しいとの申入れをすることはしなかった。

被告弘福寺代理人は平成九年八月二五日谷川から電話連絡を受けた際、被告さわ商事の賃料滞納を理由とする解除通知を送付する旨羽沢に対し告げたこと、被告弘福寺としては本件建物を収去してマンションを建築することも検討していることなどの事情を谷川に対し述べた。

被告弘福寺は平成九年九月一日被告さわ商事から同月分の賃料(弁済期限同年八月三一日)の支払がないことを確認した上、同被告に対し、本件土地の同年七月ないし九月分(合計三か月分)の賃料が未払であることを理由に本件賃貸借契約を解除する旨の内容証明郵便を送付した。

羽沢は平成九年九月三日、右解除通知を受領し、同月九日谷川に対しその旨連絡した。谷川は翌一〇日羽沢と会い、右通知の記載内容を見て初めて被告弘福寺が本件土地の七月分の賃料が不払であると主張していることに気付き、羽沢に対してこの点を確認するように要請したところ、同月一一日、七月分の賃料が未払であり被告さわ商事が同日までに合計三か月分の賃料を滞納していることが判明した。

(5) 原告は東京地方裁判所において平成九年八月二八日本件建物についての不動産競売開始決定を、同年九月九日本件土地の賃料についての代払許可決定をそれぞれ得ていたが、谷川は平成九年九月一八日被告弘福寺代理人と会い、右各決定が出たことを告げ、同年七月分以降の賃料の代位弁済を申し出たのに対し、被告弘福寺代理人は右受領を拒絶した。

原告は被告弘福寺に賃料の受領を拒絶されたため、その後東京法務局に本件土地の平成八年七月分から現在までの賃料相当額を供託している。

(二) 右事実を踏まえて、検討を進める。

(1) 原告は、被告弘福寺が原告に対し本件承諾書を差し入れ、本件賃貸借契約を解除する際には事前に通知する旨約束した以上、原告(根抵当権者)に協力して本件賃貸借契約を保存する法的義務があり、たとえ賃借人が賃料を滞納していたとしても、原告に通知をせずに解除をした場合には、本件賃貸借契約には当事者間の信頼関係を破壊するに至らない特段の事情があるといえるから本件解除は無効であると主張するが、失当である。

その理由は以下のとおりである。

ア まず、本件事前通知義務のような賃貸人と賃借人の担保権者との間の特別事情は、右事情が賃貸借契約内容に取り込まれている等の特段の事情のない限り、賃貸人と賃借人との間の賃貸借契約にかかわる信頼関係破壊の有無を判断する要素となり得るものではなく、本件において右特段の事情を認めることはできないから、原告が右通知義務を当然に本件賃貸借契約の存立を支える信頼関係の問題として立てる論旨は、立論自体を誤った失当なものというべきである。

イ 次に、右の点を措いて検討してみても(本件事前通知義務の不履行を原告との関係で本件解除効の発生障害事由と位置付けることは可能である)、原告の主張は理由がない。

確かに、前記認定のとおり被告弘福寺が原告に差し入れた本件承諾書には、賃料延滞又はその他の理由により賃貸借契約を解除する場合には事前に原告に通知することを被告弘福寺が承諾する旨の記載がある。しかし右承諾書にはそれ以上に、通知をすれば必ず原告が未払賃料の代払をするとか、通知をした後賃料の代払をするに足りる期間を経過してからでなければ解除をすることができないとか、通知を怠った場合には賃貸人の賃借人に対する解除権の行使が制限されるとかというように、右事前通知義務から生じる具体的な効果についての定めは記載されていない。その上、前記認定のとおり、原告は本件承諾書の徴求により被告弘福寺から担保権確保の利益を得ておきながら右担保権設定承諾料等の対価を何ら出捐していないばかりか、自己の融資先の資産状況を把握し得る立場にあるのに被告さわ商事の賃料支払義務の履行状況を掌握する何らの手立ても講じていないのであり(融資担当者に右支払事実を報告させる等実にた易いことである)、原告の得た利益と被告弘福寺の負担との間には著しい不均衡があるといわざるを得ず、本件承諾書をもって、同被告に根抵当権者たる原告の利益を保護するため積極的に賃借権の保存に協力すべき法的義務が生じたなどとは到底解することはできない。

そうすると、本件承諾書を差し入れたことにより被告弘福寺(賃貸人)が原告(根抵当権者)との間で解除の際には原告に通知する旨の通知義務を負うものとしても、その性質は厳格な法的義務とはいい難く、通知をしなければ賃貸人の賃借人に対する解除権の行使が許されなくなるような法的効果を伴うものとは解されない。したがって、被告弘福寺が本件承諾書に定められたとおり本件解除に先立ちその旨原告に通知をしなかったと仮定しても、右事実は原告の立論に係る被告弘福寺と同さわ商事の間の信頼関係破壊の有無を判断する際に考慮すべき特段の事情に当たらないことは明らかであるし、本件解除の効力発生の障害事由となるものでもないというべきである。

ウ 以上に加えて、本件においては、被告弘福寺代理人は平成九年八月二二日被告さわ商事の代表者である羽沢から今後本件土地の賃料の支払を継続する資力がない旨の話を聞き、羽沢に対し被告弘福寺としては本件賃貸借契約を解除する予定であることを告げている上、同月二五日には原告堀留支店融資課主任の谷川に対し、被告さわ商事の賃料滞納を理由として本件賃貸借契約を解除する通知を同被告に送付する意思がある旨通告しているのであり、前述した被告弘福寺の事前通知義務の性質を併せ考慮すると、実質的には被告弘福寺は原告に対する通知義務なるものを十分尽くしていたものと認めるのが相当である。更に、原告は本件解除前に既に被告さわ商事が賃料を滞納していること及び被告弘福寺が右賃料不払を理由に本件賃貸借契約を解除する意向であることを知っていたのであるから、被告弘福寺において原告に対し更に解除に関する通知をする必要性が乏しかったことも明らかである。右のような状況の中で、原告は滞納賃料を代払し、本件解除を未然に防止する機会があったにもかかわらず、賃料の滞納額を誤認して被告弘福寺に対し賃料の現実の提供をせず、地代の代払許可決定を得る前に右被告により本件賃貸借契約の解除がされたというにすぎないのであり、その不利益は原告において受容すべきものである。

(2) また原告は平成九年八月一四日に奥田副住職に対し、同月二五日及び同年九月一日には被告弘福寺代理人に対し、それぞれ本件土地の未払賃料について代払をする意思があることを伝えており、被告弘福寺代理人も同年九月一日、これを承知した旨の回答をしたのであるから、本件賃貸借契約には信頼関係を破壊するに至らない特段の事情があるとも主張する。

しかし、仮に原告側担当者と被告弘福寺側との間で原告主張の会話が交わされたとしても、原告は代払の意思があると伝えたのみで賃料の現実の提供をしたわけではないし、また仮に被告弘福寺代理人が谷川の説明に対しこれを承知した旨回答したとしても、前記認定事実のもとでは、右回答は単に原告の意向を了承したという趣旨にすぎず、それ以上に賃料の不払額が三か月分に達した後も原告が代払をするまでは解除権を行使しない旨約束したものとは到底認められないから、原告主張にかかる右のような事情が本件解除の効力に影響を及ぼすものということはできない。

(3) その他本件賃貸借契約において、被告さわ商事の債務不履行(賃料不払)にもかかわらず、契約当事者間の信頼関係が破壊されるに至らない特段の事情を認めるに足りる証拠はない。

かえって前記認定事実によれば、被告弘福寺代理人は羽沢と面会して今後も被告さわ商事ないし羽沢建設が本件土地の賃料を支払えるようになる見通しがないことを確認したこと、その際被告さわ商事も本件賃貸借契約の解除はやむを得ないと考えていたこと、被告弘福寺代理人は羽沢に対し再度文書で正式な解除通知を送付する旨予告した上、念のため本件解除条項に定められたとおり賃料の滞納額が三か月分となるのを待ってから本件解除をしたことが認められるのであり、右各事情の下では、被告弘福寺と同さわ商事の間の信頼関係はもはや消滅していたことが明らかであるというべきである。

(三) 以上によれば、原告の主張(信頼関係を破壊するに至らない特段の事情)は、いかなる視点から検討しても、採用できないことが明らかである。

二  乙事件

1  請求原因

(一)(1) 請求原因(一)(1)(本件賃貸借契約の締結)については当事者間に争いがない。

(2) 前記認定(甲事件1(一)(2))によれば、本件賃貸借契約の賃料は遅くとも平成九年七月には月額一八万七七〇〇円に増額された(請求原因(一)(2))ものと認められる。

(二) 請求原因(二)(本件建物の被告さわ商事所有)については当事者間に争いがない。

(三) 請求原因(三)(無催告解除特約)はこれを認めることができる(前記甲事件2(一)(1))。

(四) 請求原因(四)(被告さわ商事の賃料不払の事実)及び同(五)(本件解除の意思表示)については当事者間に争いがない。

2  抗弁(信頼関係を破壊するに至らない特段の事情)について

原告の右主張に対する当裁判所の判断は前記(甲事件3)記載のとおりであり、原告の主張は採用できない。

三  以上によれば、甲事件についての原告の請求は理由がなく、乙事件についての被告弘福寺の請求は理由がある。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官藤村啓 裁判官髙橋譲 裁判官山田麻代)

別紙物件目録<省略>

別紙賃借権目録<省略>

別紙債権目録<省略>

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